前回、薄毛や皮膚の加齢変化に対する脂肪幹細胞の局所注射治療についてお話ししました。この治療は、従来の治療法では時間がかかり完治しにくい靭帯や腱の損傷、リンパ浮腫に対しても高い効果を得られることがわかっています。
それぞれの症状や治療法、期待される効果についてまとめました。
スポーツをする人がなりやすい靭帯と腱の損傷
無理に引きはがそうとする力や捻じる力など、過剰な力が靭帯や腱に加わることで、伸びたり断裂したりして起こるのが靭帯・腱損傷です。
野球やゴルフ、テニスといったスポーツをする人だけでなく、交通事故や日常生活のなかでの怪我によっても起こりえる疾患です。当クリニックでは、落車して肩の腱板を負傷した競輪選手の治療例もあります。
完治せずに靭帯や腱の損傷が残ってしまうと、関節が不安定になり、慢性的な痛みに悩まされることに。また、関節への負担が増えて関節変形の原因となることもあります。
靭帯や腱の損傷はレントゲン写真に写らないため、「問題ないですね」と診断されるケースも少なくありません。痛み止めや湿布で治らないときは、MRI撮影で状態を診てくれる医療機関を受診することをおすすめします。
従来の治療法では長期間の安静が必要
靭帯や腱にはほとんど血流がないため、一度損傷すると自己修復がなかなか進みません。
従来の治療は、患部をギプスなどで固定する保存療法と、手術療法があります。
保存療法は、固定することで靭帯や腱の自己修復を期待するもの。ただし、患部を固定することで損傷した部分を中心に関節が硬くなりやすくなります。ギプスを外したあとのリハビリテーションで、強い痛みが出ることもあります。
手術は、損傷部分を縫い合わせる縫合術と、切れた部分に靭帯を移植する再建術があります。どちらも入院が必要になり、術後はギプスで固定することがあります。
保存療法も手術も安静期間が必要で、治るまでに少なくても1カ月から1カ月半ほどかかると思っていてください。
幹細胞を患部に注入し、疼痛や関節の不安定性を改善
以前、変形性膝関節症の治療の流れで説明したように、患者様の脂肪から幹細胞を培養し、患部に注射で注入します。幹細胞を投与することで、炎症を抑えるとともに損傷した組織の治癒、修復が促進されることが期待できます。
ちなみに、アメリカの場合は幹細胞を培養して治療に用いることが禁止されているため、「フレッシュ・キャダバー」が使われることもあるそうです。これは、献体されたばかりのご遺体から細胞を採取して投与する方法です。
炎症を抑えることで症状の悪化を防ぐ効果が
脂肪幹細胞は、靭帯や腱の損傷部位を再生するために働きます。損傷部位が修復されることで、ぐらぐらしていた関節が安定し、これによって違和感や不安定感が解消できる可能性があります。
また、脂肪由来の幹細胞は炎症を抑える効果のある物質を分泌する性質があります。炎症を抑えることにより症状の悪化を防ぐ効果だけでなく、損傷部位の修復による痛みの軽減、解消が期待できます。安静時の痛みと動いているときの痛み、どちらにも効果が出る可能性があります。
むくみや腫れ、皮膚の硬化が起こるリンパ浮腫
美容に関心がある方ならよく耳にする「リンパ」。これは血液から滲出(しんしゅつ)した液体を主成分とする無色透明、もしくは淡い黄色い液体です。血管と同様にからだのあちこちにリンパ管が張り巡らされていて、余分な水分や細胞から出た老廃物、ウイルスなどの異物を運んでいます。
何らかの理由でリンパ管がふさがれたり、機能障害が起きたりすると手や足にリンパ液が停滞し、むくみや腫れ、炎症、発熱、痛み、皮膚の硬化などの症状が現れます。これがリンパ浮腫です。
乳がんなどでリンパ節を切除すると起こりやすい
リンパ管の閉塞、機能障害は、リンパ節の切除、放射線照射、外傷、先天的なリンパ管の発達障害などが原因で起こります。
がん細胞はリンパ節を通り全身に広がっていく性質があります。そのため、リンパ節にがんの転移が発見されたときは、切除することがあります。これを「リンパ節郭清」といいます。
リンパ節を切除するとリンパ液の流れが滞るため、リンパ浮腫が起こり、手や腕、足などがむくむことがあります。例えば、乳がんで右の乳房を切除するとき、右脇下のリンパ節郭清をすると右腕が腫れあがることがあります。これは典型的なリンパ浮腫です。
通常、リンパ液は皮膚のすぐ下で回収されますが、リンパ浮腫を発症すると回収されずに皮下に滞ってしまいます。そのまま長時間滞ったままになると、蜂窩織炎(ほうかしきえん)という感染症にかかる可能性もあります。また、皮膚や皮下組織が硬くなって象の皮膚のようになる象皮症と呼ばれる状態に変化することもあります。
リンパ管を再生し、むくみなどの症状を改善
患者様から採取し培養した脂肪幹細胞を、リンパ浮腫のある部分に投与します。脂肪幹細胞は、患部の炎症を抑えリンパ液が停滞している部位の症状を改善することが期待できます。
海外の報告によると、乳がん手術後のリンパ浮腫に対し、自覚症状の改善効果が確認されました。ただし、再生医療を施したリンパ浮腫が必ずしも完治するわけではないことが示されています。
早期のリンパ浮腫には手術療法も効果的
保存療法や手術により、進行を遅らせたり症状の改善が期待できます。
初期の段階では、伸縮性に富んだ弾性包帯やストッキング・スリーブの装着、リンパ液の流れを活性化させるリンパドレナージにより、むくみや腫れといった症状が改善できます。
超音波検査などで症状の診断を行い、その評価に基づいて適した手術を行う場合もあります。リンパ管と静脈を吻合(ふんごう)する「リンパ管静脈吻合術」、健康な部位からリンパ節を移植する「リンパ節移植」、浮腫をきたした組織を吸引する「脂肪吸引術」の3種類です。いずれも、早期のリンパ浮腫には良好な効果が得られることがわかっています。
リンパ管静脈吻合術は技術を要するため、実施できる医療機関が限られていますが、当クリニックでは行っていますので、ご相談ください。