こんにちは、アヴェニューセルクリニック院長の井上啓太(いのうえけいた)です。
前回の齋藤先生との対談の番外編になります。
前回のブログをまだご覧になっていない方は、こちらからご覧下さい。
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井上医師
これは...整形外科ノ説。
齋藤医師
田中栄先生が今の教授ですが、一代前の2006年の中村耕三先生が教授の時です。
東大の整形外科医局が開設して100周年というタイミングで、日本整形外科学会の総会を開催させていただきました。
そこで、日本の整形外科の百年を振り返るために作ったパネルです。
初代教授の田代先生は、日本で整形外科を初めて作りました。
整形外科という言葉を考えたのも田代教授で「整形外科とはこういう診療科なんだよ」ということがここには書いてあります。
百年以上前とは思えないような最新鋭のリハビリの機械がありまして、百年前でこんなに先進的なことをやっていたというのは驚きです。
井上医師
先ほど東大の赤門を通ってここへ来ましたが、赤門は医科大学が明治30年頃に作られたときに移設されたものですよね。
赤門が明治30年で整形外科は明治39年と書いてありますから年代があまり変わらないですね。
齋藤医師
最初に内科や外科ができて、その後に眼科や皮膚科ができました。
それらの科目は、我々より古いと思いますが、整形外科は比較的早い段階でできた科目の一つですね。
東大の科目の多くは、百年超えの医局ばかりです。
井上先生・辻先生の出身でいらっしゃる形成外科教室のもとは整形外科と同じでした。独立は1960年で、だいぶ形成外科は新しいです。
1956年に整形外科の中に形成診ができて、そのあと数年後に独立した診療科になったと書いてあります。
ですから私たち整形外科と形成外科は親戚だということですね。
ちなみに日本整形外科学会の総会は、今日本で4番目ぐらいに大きな医学会になって参加者が約一万人です。
日本でも開催できる都市が限られていて、東京とか神戸など限られた場所でしかできません。
第一回の総会は、東大の中の南研究棟という龍岡門の横の赤レンガと呼ばれているところで行いました。
ですので日本整形外科学会の誕生の地が、東大だったということです。
医局が生まれて百年以上経っていますが、学会自体も生まれてから百年となるということですね。
井上医師
ちなみに来年の整形外科の総会は福岡ですよね?
TOPs細胞®を作っているCPC株式会社がブースを出すということで、ぜひお立ち寄りください。
こちらの内容は動画でもご覧いただけます。