再生医療は歴史が浅く、まだまだ発展途中です。伸びしろがあり、期待値も高いのですが、さまざまなリスクも懸念されています。ヒトの細胞を扱う上で、まず倫理的問題があげられますが、病気から人を救うための医療が悪事に使われる危険性もはらんでいます。今回は、再生医療にまつわる事件をまとめました。
専門家も驚愕。データ改ざんや虚偽報告の数々
真摯に研究に打ち込んでいる人たちがいる一方、故意に不正を働く研究者がいるのも実情です。
1981年、スイス・ジュネーブ大学とアメリカ・ジャクソン研究所が共同で発表した「クローンマウスの作製方法」に疑惑の目が向けられました。それまで哺乳類のクローン化は不可能だと言われていたため、「ハツカネズミの体細胞からクローン化が可能である」と発表されたときには、世界中から注目が集まりました。
再生医療への注目と不正の発覚
しかし、研究者の一人がデータを故意に操作していたことが発覚。以降、クローン生物の研究は一時下火になったと言われていますが、1996年にクローンヒツジのドリーが誕生し、驚きのニュースとして伝えられました。
2012年には、日本人研究者による不正が発覚。「iPS細胞を使った心筋手術を6件成功させた」と学会で発表しましたが、そのうち5件は虚偽だったことが判明したのです。
当時、iPS細胞を生み出した山中伸弥教授がノーベル賞を受賞したばかりだったため、「iPS細胞を使用した治療の世界初の例」として大きな話題となりました。
5件の虚偽は認めたものの、残り1件は疑惑がもたれたままで今に至ります。
連日テレビで取り上げられた「STAP細胞」事件
日本中が大騒ぎしたといっても過言ではない、「STAP細胞」事件は、まだみなさんの記憶に残っているのではないでしょうか。
STAP細胞は、正式名を「刺激惹起性多機能性獲得細胞(しげきじゃっきせいたのうせいかくとくさいぼう)」といい、Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotencyの頭文字をとったものです。哺乳類から採取した体細胞に刺激を与えることでES細胞やiPS細胞に匹敵する多能性をもつ未分化の細胞を作ることができるという理論でした。
生後間もないマウスの脾臓からリンパ球の一種である細胞を取り出し、弱酸性の溶液に浸すことでSTAP細胞の作製ができると発表したのは、理化学研究所発生・再生科学総合研究所センターに所属していた研究者です。このSTAP細胞をマウスの皮下に投与し、皮膚や筋肉組織をつくることにも成功したと報告しています。
権威ある科学雑誌の記事が取り下げられる事態に発展した「STAP細胞」
論文は、権威ある科学雑誌『Nature(ネイチャー)』に掲載され、再生医療に携わる者に驚きを与えました。掲載された内容でSTAP細胞が作製できれば、iPS細胞よりも格段に簡単で効率がよく、再生医療への応用が大いに期待できるからです。
しかし、この方法で追試験を行った研究者の誰一人としてSTAP細胞を作製できませんでした。データの不備や不正が指摘され、裏付けが不十分であることから『Nature』も論文を撤回することに。
それでも研究者は主張を曲げず、「STAP細胞はあります!」と高らかに訴えたのは、多くの人がご存じでしょう。
血液のがん治療に有効な「臍帯血」も不正が横行
1980年代に、臍帯血のなかに血液のもととなる造血幹細胞が含まれることが明らかになりました。臍帯血とは、胎児と母体をつなぐへその緒に含まれる血液のことです。
80年代後半から白血病、悪性リンパ腫など「血液のがん」に対する治療に用いられるようになりました。
出産後の臍帯(へその緒)は不要なため、臍帯血を採取することで母体、胎児ともにリスクを負うことはありません。臍帯血には良好な間葉系幹細胞が含まれているので、臍帯血を用いる医療にとってはとても有効なものなのです。
1990年代には臍帯血を冷凍保存する「臍帯血バンク」が複数設立されました。しかし、2014年に「再生医療等安全性確保法」が施行されるまで、法律による規制がほとんどなく、臍帯血の出どころや管理がずさんな機関もあったのです。
閉鎖した臍帯血バンクから流出したとされる臍帯血が出回ったり、提供者が不明な臍帯血が医療現場で使用されたりすることも起きました。
再生医療においては、他人の細胞を使うときは、どういう提供者なのかを明確にする必要があります。提供者が不明な臍帯血でよければ、不正に入手して転売したり、子どもをたくさんつくり、臍帯血を採取してお金儲けをしようとしたりする人が出てくる恐れがあります。
データの改ざんや不正、臓器売買は許されないことですし、再生医療の健全な発展を妨げることになります。法整備も進められていますが、今後も厳しい目でチェックしていく必要があります。