東京大学や民間企業との共同研究をスタート
私たちは臨床医ですので、よりよい再生医療を行うための方法、材料や装置、テクニックを追求するには限界があります。そのためには臨床医だけでなく、研究医、医療機器メーカー、一般企業など多方面の知識、技術を集結しなければなりません。
共同チーム名は「骨・軟骨再生医療寄付講座」
そこで、2018年から東大医学部付属病院の整形外科及び脊椎外科の先生方、数社の企業とともに共同研究をはじめました。共同チームの名称は「骨・軟骨再生医療寄付講座」です。
寄付講座とは、個人または民間企業や団体が大学に寄付をした資金で、学術研究を共同で行う産学連携の研究活動のことです。
この講座の先生方は、もともとiPS細胞も含めた間葉系幹細胞の研究、開発、治療に携わっていたので、臨床医である我々がわからないことを相談しながら研究、開発をすすめています。
メリットとデメリットの検証からよりよい再生医療を目指す
間葉系幹細胞の培養方法は施設ごとに微妙に異なるため、まだ確立した方法はありません。そこで、一般の方法と私たちの「エクスプラントカルチャー」の方法とで、どのような違い、メリット、デメリットがあるか研究医の先生たちと検証しながら、よりよい治療法を開拓していきたいと思っています。
細胞培養の質、量を左右する「培地」開発
培養に用いる培養液(培地)によって、細胞増殖のスピード、分裂を繰り返すことによる細胞の劣化具合もかなり違ってきます。
この「培地」は、もともと研究用に作られたもので、多くの種類が販売されています。独自で開発した培地を使用する医師は少数派です。
培養は何度か細胞を新しい培地と容器に変えながら進めていきます。細胞が増え、容器の表面を覆いつくすと増殖能力が落ちるので、容器を変えて新しい環境をつくることが大切で、こうやって増やす方法を「継代(けいだい)」といいます。
たとえば、膝関節治療に使う細胞の場合、3回は継代しますから、培地は500ccほど使用します。市販の培地の価格はピンキリですが、高価なものは500ccで15万ほどです。その分が治療代に加算されます。
しかし、安価なものと高価なものでどのような違いがあるのか、詳しいことはわかっていません。どのメーカーも成分の一部は非公開だからです。
よりよい培地ができれば、細胞培養が質、量ともに向上し、時間も短縮できるかもしれないと考え、東大チームと開発を続けています。
細胞の増殖を増進するために使用する「血清」の研究
関連して、血清の研究も進めています。細胞培養を行う際、細胞の増殖を増進させるために血清を加えるのです。主な成分はアルブミンとグロブリンというたんぱく質です。
当クリニックでは患者の血液から抽出した血清を使用していますが、医療機関によってはウシの血清を使っています。ウシの血清は市販されています。近年では安全性にほぼ心配はありませんが、条件や時期によって成分にばらつきがあるようで、うまく細胞が増殖しないこともあるようです。
ヒトとウシの血清は異なるものなので、成分や濃度、量をどう調節すれば培養の質やスピードがあがるのか、研究を行っているところです。
細胞の凍結保存と解凍の技術向上を目指す
細胞の凍結・解凍に関しては、東大チームに加え、冷凍管理に対して豊富な知見を持つ「ニチレイ」も参加してくれています。冷凍技術だけでなく、物流管理システムも構築されているので、とても心強い協力者です。
当クリニックでは、他の医療機関から依頼されて細胞培養を行っていますので、輸送と温度管理なども重要な課題なのです
細胞育成を促す「不織布」の改良
培地と並んで重要な開発があります。それは、細胞培養の過程で使用している不織布です。
マスクの素材として誰もが知る存在となった不織布。織らずに組み合わせたシート状の繊維のことで、マスクのほかにも防護服や紙おむつなど幅広く利用されている素材です。
一般の細胞培養では使われていませんが、当クリニックの「エクスプラントカルチャー」では不可欠な道具です。
極力少ない組織を採取し、そこから分離した細胞を育てる装置として重要な役割があるのです。
不織布の品質を向上させるための研究は、「日本バイリーン」という不織布専門メーカーと共同で行っています。当クリニックで使用している不織布には、ハイドロキシアパタイトという物質が吹き付けてあります。これは歯と骨の主成分で、歯磨き粉にも含まれています。日本バイリーンは、ハイドロキシアパタイトの特許を持っているので、開発仲間としては心強い存在です。
試行錯誤の末、とても優れた不織布が完成しました。東大チームとともに、この不織布が最適なのか検証しながら論文を作成している最中です。
細胞培養と大量生産技術の現状
培養上清を用いた再生医療の可能性
培養上清とは、細胞を培養した際に得られる培養液の上澄み液のことです。
名古屋大学では、骨髄幹細胞の培養上清を用いた骨の再生に成功しています。そのほか脊髄損傷、脳梗塞、心筋梗塞といった多くの疾患に対する治療法としても研究が進められています。当クリニックでも2019年に培養上清の研究を始めました。
培養上清は、幹細胞を育てる過程で生じるサイトカイン(たんぱく質の一部)などが含まれる分泌液のことですが、この中に細胞そのものは含まれていません。なので、理論的には他人の培養上清を使うことができます。
細胞など生きた成分を含まないため、拒絶反応や感染症のリスクがなく、安全に使うことができ、凍結保存しておくこともできます。保存が容易なので、たとえば膝の痛みが急に激しくなった患者や、試合を直前に控えたプロスポーツ選手の治療がすぐにできるわけです。
幹細胞を使う治療は培養期間に1カ月かかるので、培養上清療法は夢のような治療法です。
大量生産の課題と対策
培養上清の技術が進歩すれば、健康な人の脂肪を活用して大量に生産できるかもしれません。しかし、解決しなければならない問題があります。一番のネックは濃縮技術です。
膝の関節治療を例にすると、注射で関節に入れられる液体量は5cc程度。現状の技術でつくり出せる培養上清100ccから治療に必要なタンパク質だけ5cc抽出するのが理想です。
研究室レベルでは少量の濃縮は可能ですが、現場で大量精製するには時間とコストがかなりかかります。
これについても東大の寄付講座の一環で共同研究していますが、まだ道半ばです。
再生医療の現状と未来
未来の展望と可能性
東大と各企業との共同研究により、培養技術の改善を重ねてきました。この技術は、私たちだけのものではなく、ほかの医療機関でも活用して欲しいと思っています。そこで、私たちの細胞培養法を用いて培養加工されたヒト脂肪由来幹細胞を「TOPs細胞」という名前で商標出願しました。
私たちの願いは、患者のストレスをできる限り軽減することです。それには、細胞培養の質を高めていくことが不可欠なのです。培養した幹細胞を注射で患者の体内に注入する治療行為は、難しいものではありません。質の良い培養細胞が提供できれば、多くの医療機関がこの治療に携わることができ、患者を救うことができるのです。これからも、質の向上を目指して努力をしていきます。
<記事更新:2024年6月25日>