「再生医療等安全性確保法」では、細胞培養や細胞加工を外部の施設に委託できるようになりました。これによって、再生医療に参入する際の壁がひとつ取り除かれたのです。
病院内に細胞培養の施設をつくるためには、次の条件を満たす必要があります。
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無菌操作が可能な設備
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細胞に適した温度、湿度を保てる設備
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細胞を育てるのに必要な培地(培養液)や薬剤を補完する設備
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細胞を凍結保存する設備
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細胞観察をし、記録する設備
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各種の細胞検査を行う設備
設備が整っているだけでは、培養はできません。細胞は24時間休みなく増え続けますので、常に管理をするために知識と技術をもった専任の培養士も確保しなければなりません。
これらのことから、外部委託を認可した新法がいかに画期的なのかがわかると思います。
当クリニックには、細胞培養施設があります。
患者から採取した細胞は、患者そのもの。細胞の形態も増殖のスピードも一人一人異なります。そのため、培養細胞での治療ができる日まで、自分たちで詳細に観察し、徹底的に管理するべきだと考えたからです。
当クリニックでは、ほかの医療機関からの細胞培養依頼も請け負っています。一部のクリニックだけでなく、再生医療に携わる医師やスタッフ全員で再生医療をもっと広げていきたい、進化させていきたいというのが、我々の願いです。ですから、依頼側の医師から相談があれば経験をお話しすることもありますし、同業者の医師たちに施設を見学してもらっています。
培養士が一つ一つを丁寧に観察
当クリニックの細胞培養室は、入り口に近いところに設置し、窓ガラスを通じて培養機器とスタッフが働いている姿を見ることができます。
培養に従事するのは「培養士」ですが、公的な資格ではありません。日本再生医療学会が細胞培養士を養成し、「臨床培養士」という認定資格を発行しています。一人前になるためには、現場で学びながら研鑽を重ねていくことが必要です。
「培養細胞は入院患者と同じ」という共通認識をスタッフ全員で持っています。患者の体内から採取したものですから、いわば患者の分身です。看護師が患者の体調をこまめにチェックするように、細胞培養も丁寧に観察して形や増え方に変化はないかをカルテに記入します。
失敗してもウソはつかず真摯に向き合うのが培養士
こまめに観察していても、培養に失敗するケースもゼロではありません。ごくまれに異物が混入してしまうことがあるのです。これを「コンタミネーション(汚染)」と呼びます。培養の途中で細菌や酵母、カビ、ウイルスなどが混入すると、培養液がにごってくるので、日々、観察していればわかることです。
当クリニックでは、管理を徹底しているのでコンタミネーションは起きていませんが、幹細胞が思うように増えてくれないことは、ごくたまにあります。万が一、そのようなことが起きたときは、患者にありのままを伝えて再度、脂肪採取からやり直すようにしています。
幹細胞の増殖は特殊な顕微鏡で観察します。分裂を繰り返すと肉眼でも観察できるくらいには増えてきます。増殖のスピードは年齢などによって個人差がありますし、ステロイド薬を使用している人は、うまく増殖してくれないケースもあります。
細胞培養の方法は施設ごとにさまざま
では、細胞培養はどういう手順で行うのかを説明いたしましょう。
その方法は一つではなく、施設ごとにスタンダードな方法を決めて標準操作手順書(SOP)を作成しています。
脂肪幹細胞の一般的な培養方法
ここでは、脂肪幹細胞を用いた培養のケースでご説明します。
一般的な方法は、患者の体内から脂肪を採取し、酵素を使って幹細胞を分離します。分離した幹細胞をシャーレにまいて培養液を入れて培養します。簡単かつ、分離した細胞をすぐに培養できることがメリットです。もちろんデメリットもあります。多くの脂肪を採取しなくてはいけないこと、酵素処理をする際に幹細胞に少々ダメージが生じることです。
クリニックでは「エクスプラントカルチャー」を採用
一方、当クリニックで採用している「エクスプラントカルチャー」という方法は、患者から採取した脂肪を酵素処理しないまま、人体の組織と同じような構造の特殊な不織布を利用して幹細胞を分離するところから培養をはじめます。
初期段階で薬剤処理をしない分、細胞へのダメージが極力抑えられる方法です。また、採取する脂肪の量も少なくてすみます。
一般の方法では50~200ccの脂肪を採取しますが、「エクスプラントカルチャー」なら0.2cc程度で十分です。その差は歴然。この方法なら、痩せている方でも容易に採取でき、傷痕が残ることもほぼありません。
患者の体内から採取した少量の脂肪は、不織布の上に載せて、ヒトの平均的な体温と同じ37度に保たれた無菌の培養器で約10日間置いておきます。すると不織布をつたって細胞が伸びてきているのが、顕微鏡で確認できるようになります。脂肪のかたまりのように見えますが、これが不織布の上に伸びてきた幹細胞です。幹細胞のかたまりを確認した時点で脂肪細胞と脂肪幹細胞を分離するために薬品を使用します。幹細胞を分離したら専用のフラスコの中に入れて培養液に浸し、常に37度に設定した培養器に入れます。
時間はかかるが、患者の負担が少ないのがメリット
培養する幹細胞の数は、行う治療によって異なります。たとえば、変形性膝関節症のケースでは、片方の膝に用いる場合、5000万~1億個の幹細胞が必要です。0.2ccほどの脂肪細胞を不織布にのせ、その数までに達するのに最短で3週間ほどかかります。
一般的な方法を採用すれば、10日ほど早く治療ができることになるので、エクスプラントカルチャーのデメリットは時間がかかることと言えるでしょう。ただ、細胞が受けるダメージと患者への侵襲を考えるとメリットのほうが上回ると考え、この方法を選択しています。
治療日程によって凍結保存することもある
治療スケジュールは、細胞の育ち具合によって判断します。細胞の数が目的の値に達するまでどれくらいの日数がかかるか目安がわかっていますので、おおよその予定は立てられます。患者さんの都合で治療日を遅らせる場合は、一旦細胞を凍結し、治療のタイミングでベストな状態で投与できるよう調整します。
ダメージを減らすためゆっくりと凍らせる
凍結方法は、マイナス80度よりもさらに低温となる液体窒素を使って、マイナス196度で保存します。細胞にとって凍結・解凍はとてもストレスになるので、極力少なくするため、「緩慢(かんまん)凍結」とう方法を用いています。
細胞内に氷ができてしまうと、幹細胞が壊れてしまいますので、少しずつ温度を下げていくのです。
解凍は治療日よりも前に行います。冷凍・解凍の過程で生じる細胞ダメージは、要因が複合的ですべてを把握しきれていません。さまざまな観点から改善点を探り、今後の課題としています。
さまざまな課題をクリアするために、共同研究をはじめました。そのことについては、次回に。