これまで再生医療の歴史や法律についてお話をしてきました。ここからは医療の現場でどのように再生医療が行われているかを説明していきたいと思います。
まずは、幹細胞治療の基本のメカニズムと、治療例で多い「変形性膝関節症」についてご説明しましょう。
損傷部分を修復する幹細胞治療のメカニズム
幹細胞は「ホーミング」と呼ばれる特別な性質を持っています。日本語にすると「帰巣性」です。ミツバチやツバメ、サケなどの生き物が元の棲家から離れても、そこに戻ってくることです。
幹細胞の「ホーミング」は、生き物の場合とは少し異なり、病気やけがなどで炎症を起こしたり傷ついたりした組織へと集まっていく性質のことを指します。「帰巣」というよりは、損傷を受けた組織が発するSOSを敏感に察知して救助に向かうのです。
幹細胞治療は培養した幹細胞を注射で患部に入れるか、点滴で体内に入れて行います。体内に入った幹細胞が、どのように組織を修復していくかを解説します。
幹細胞による組織の修復は3パターンに分けられる
損傷を受けた組織を修復するメカニズムは、3つ挙げられます。
1.分化
損傷部位にたどりついた幹細胞が集まり、その部位の細胞に分化する。
2.パラクライン効果
細胞の増殖や分化を促進する成長因子を幹細胞が分泌し、近くにある損傷部位の修復を助ける。
3.エンドクライン効果
幹細胞を投与した部位から離れた部位(肺など)に吸着した幹細胞が成長因子を分泌し、損傷した部位に働きかける。
患部に注射をする場合は、分化やパラクライン効果が得られます。点滴で投与する場合はエンドクライン効果になります。
点滴での投与では「ホーミング」が活かされると考えられていた
点滴治療の場合、幹細胞は一度肺に運ばれます。肺は網状の臓器なので、そこで幹細胞が絡めとられてしまい、修復を必要とする組織に届きません。しかし、それでも治療結果を見ると、さまざまな病気や症状が改善されています。実際、保険適用薬であるステミラックも点滴投与です。
マウス実験では、一度肺に封じ込められた幹細胞が肺をすり抜け、24時間後に損傷を受けた部位まで流れていったという結果が報告されています。一旦は肺に留まり、最終的には「ホーミング」を果たして損傷部位を修復する可能性があります。
マウスの体内で起きる現象が、ヒトの体内でも同じように起きると推測されますが、残念ながらそこは確かめることができません。そしてこの考えは現在、主流ではありません。
修復が必要なことを伝達する物質が「エクソソーム」
エンドクライン効果のメカニズムとして、最近明らかになったことがあります。点滴で入れた幹細胞が肺に留まっていながら、「修復が必要」という情報をキャッチし、修復に不可欠なたんぱく質などを分泌して、損傷部位に送り込んでいるというものです。
損傷部位や修復が必要なことを伝える役割を担っているのが「エクソソーム」という物質であることが、近年の研究で明らかになりました。
このエクソソームは、中にさまざまなメッセージが詰め込まれたカプセル状の物質です。1/10,000mmほどの小ささですが、体内にたくさんあるエクソソームを伝達ツールとして、組織や臓器が互いに情報を交わしていることも解明されてきました。
まだ明らかになっていないことも多いのですが、幹細胞治療でのエンドクライン効果が生まれるメカニズムとしては、エクソソームの役割は大きいようです。
幹細胞治療が多く活用されているのが「変形性膝関節症」
日本には、膝の痛みを抱えている人が潜在的に3,000万人いると言われています。日本人の4人に1人が膝の痛みを抱えているのです。
痛みの原因で最も多いのが「変形性膝関節症」です。関節の機能が低下し、変形や断裂したり、軟骨や半月板のかみ合わせが緩んだりします。
治療法はさまざまですが、どんな治療法を試しても完治に至らないケースも多く、決定的な治療法は確立されていません。
新たな治療法として加わったのが、培養幹細胞による再生治療です。当クリニックでも、治療例が多いのが、変形性膝関節症です。
変形性膝関節症の主な原因と症状
変形性膝関節症について、簡単に説明をしましょう。
関節は骨と骨とが連結する部分で、骨の表面にある軟骨によってスムーズに動かすことができます。下半身には股関節、膝関節、足関節がありますが、どれも軟骨が傷つくと動きが制限されて炎症や痛みを引き起こします。なかでも膝関節は体重を支えるときに大きな動きをするので、一番負担がかかる関節で炎症が起きやすいと言われています。
代表的な症状は、膝の痛みや腫れ、歩きづらい、膝が動かしにくい、動かしたときに音がする、膝内部に水がたまるといったものです。
原因はいくつかあり、軟骨のすり減り、半月板の損傷、骨の中の炎症、関節まわりの炎症があげられますが、大きな原因は加齢です。
年齢を重ねると筋肉量が落ち、膝にかかる負担が増して炎症を引き起こします。痛みを放置していると、立ったり歩いたりすることも億劫になり、運動量がさらに減って筋肉量がますます減っていきます。膝への負担も増し、痛みも強くなっていくので動かなくなります。すると脚力が弱まり、転びやすくなって骨折するリスクも高まるのです。
もちろん高齢者だけでなく、プロスポーツ選手や、高いヒールを日常的にはく女性にも膝の痛みを抱えている人は少なくありません。若くても膝を酷使していると変形性膝関節症になることはあり得るのです。
問診や画像診断で5段階に分類される
変形性膝関節症とひと言で言っても痛みの程度や症状は一人ひとり異なります。病院では患者様から痛みの程度を聞き、関節の変形程度、硬さ、動きなどを確かめてから画像による診断を行います。
一般に用いられる診断は、レントゲン画像による「K-L分類」で、グレード0からグレード4まで5段階に分類されます。
グレード0
異常が見られない関節
グレード1
骨同士の摩擦や変形によって発生するトゲ状の「骨棘(こつきょく)」がわずかに見られる
グレード2
明らかに骨棘が生じている状態。また、軟骨と軟骨の間が狭くなっている可能性(25%以下)がある。
グレード3
中程度の骨棘が生じている。関節裂隙(れつげき)が狭まっている可能性(50~70%以下)があり、関節が硬化している。
グレード4
著しく骨棘が生じている状態にあり、関節裂隙が狭まっている可能性が75%以上ある。関節は著しく硬化し、関節の輪郭が明らかに変形している。
多くの場合、グレード2以上なら変形性膝関節症と診断されます。ただし、画像で診た症状と、痛みの度合いが必ずしも比例するとは限りません。
進行した変形性膝関節症は外科手術で治療するのが望ましい場合もありますが、どのような治療法を選ぶのが妥当か、はっきりしないケースが少なくありません。
具体的な治療法については、次回お話ししましょう。