「少壮、幾時ぞ。老いを奈何。(しょうそう、いくときぞ。おいをいかん。)」 秋風辞 武帝
手術をしていると、「あれあれ、これこれ」とモノの名前がすぐに出てこないことが増えてきました。外科医あるあるかもしれませんが、看護師さんも慣れたもので、スムーズに必要なものを渡してくれます。ドラマなどでは「メス!」なんていいますが、実際には何も言わずに手だけ出したら、持ちやすいように渡してくれるなんてこともしばしばあります。
本日は老化による記憶の低下に「待った」をかける、医療についておなじみNatureからひとネタお伝えします。
脳には海馬(かいば)と言われる記憶をつかさどる部分がありますが、ほかの脳と同じように脳脊髄液で保護されています。この脊髄液に若者の脊髄液を注射してやると、記憶がよくなったという動物実験の報告です。
脳は神経を通じて細胞同士でコミニュケーションをしていますが、効率よく伝達するためにミエリン鞘という囲いで神経は保護されています。若い脳脊髄液は成長因子に富んでいて、特にFGF17とよばれる成分がそのミエリン鞘を元気にする経路を活性化するとのこと。
脳のリンパ管が発見されて、もしかすると老廃物の代謝経路としてアルツハイマー型認知症に関わっているかもしれない、なんて2年半前にコラムでお伝えしていたことを思い出しました。(「脳のリンパ管」リンパ浮腫コラム・2020年5月13日)
さて、今回の話 何が新しいかというと、脳脊髄液が作られる場所が従来の常識と異なるということです。つまり、以前は脈絡叢とよばれる脳を包む膜の一部で作られるとされていましたが、若々しい脳神経細胞から直接分泌されることが示されました。これって細胞が分泌する因子が重要という点で再生医療に通じていますので(パラクライン作用とも呼びます)、今後は再生医療に応用できそうな気もします。
若い人のものを入れる、というとこれまでにも様々な治療が実験的に行われてきました。身近なものとしては、プラセンタ注射などは栄養素や成長因子を利用しているといわれています。ドラキュラの吸血もそうでしたっけ?中国の薬膳料理では「同物同治(どうぶつどうち)」と呼ばれ、体の悪い部分と同じ部分を食材として食べることで、治療効果があると考えられてきているようですね。
さて、輸血療法でこれをやってしまったアメリカのベンチャー企業もありました。35歳以上の人はすべて対象となって、若者の血液1リットル8,000ドル、2リットル12,000ドルで提供していたようです。今ではFDAという医療安全に関する監査機関が注意したことを受けて廃業したようですが、5年くらいの間に起こったことのようで、驚きました。
中世ヨーロッパでは、今では考えられないほど様々な病気に瀉血療法が勧められていたといいます。その対象として若返りも含まれていたようです。よい風に解釈すると、血液が一時的に減量することで新しい血液を作ろうと体が頑張って、今でいう再生医療のようなことが起きた??
時代は21世紀。若返りに必要な因子は細胞で行えるようになってきました。当院では皮膚への再生医療に関してYoutubeでの動画を公開しています。
一歩前に進んで、再生医療ができるようになったんだよと、中世の人たちに教えてあげたい気分です。
ではまた!
(加藤基)
参考資料
Nature (2022-05-19) | doi: 10.1038/d41586-022-00860-7
若返り治療のための若者の血を輸血する会社(米国)、FDA忠告を受けて廃業
Blood Transfusion Startup Ambrosia Shuts Down After FDA Warning (businessinsider.com)
再生医療の概略(当院 アヴェニューセルクリニックYoutube)