受精卵から胎児、赤ちゃんになって生まれるまで、どのようにしてリンパ管が発生するのか。これは長年の疑問でした。今も研究者が日々研究を重ねていますが、実はこれ、少し前からかなりわかるようになってきたんです。リンパ管研究の根幹にも関わる話なのですが、何が変わったことで進んだと思いますか?
それは、抗体です。
リンパ管がここにあるぞ、ここにはないぞ、っていうことをはっきりさせるには病理検査が必要です。取ってきた組織(体の一部)を特別な液体で染色すると、リンパ管だけがはっきりわかる、というリンパ管特異的な抗体の発見がキーだったんですね。
これをもとに研究は大きく回り始めます。
抗体が発見される以前は、豚の胎児(と言っても生まれるよりもずっと前)を取ってきて、インクを注射すると、袋のように固まって見えるところが首などを中心に何箇所かみられる。また別の豚の胎児で、先ほどのものより数日育ったものをまた取ってきて、同じようにインクを入れると、今度は袋を中心にリンパ管のような網目の構造が見えた。だから、リンパ管は原始リンパ嚢と呼ばれる袋から発生するんだ!という説がどの教科書にも載っているくらい、有名な説です。(1902年, Sabin)
いやいや、リンパ管は脂肪などの間質と呼ばれる皮膚の下の組織から発生してきて、後から静脈とつながるんじゃないの?という説を唱えた人も出てきます。(1910年, Huntington, McClure)とはいえSabinさんの説はとても有力とされ、一般的でした。
どっちなんですかーという疑問に答えが出たのは先ほど述べたように抗体が発見され、より詳しく発生の段階がわかるようになってからです。(1995年, VEGFR3の発見)
結論としては、末梢リンパ管は静脈から発生する、というのが現在の説となっています。これに関するreview(総まとめ)の論文が、少し古いですが、本日紹介するLymphatic vasculature development (Nature immunology review, 2004)です。
またこの内容を踏まえてわかりやすく日本語で解説しているものとして、女子医大の江崎先生の文献も加えておきます。(東京女子医大誌, 2017)
静脈の袋ができて、一部にリンパ管になりますよって信号が発せられる部分ができる。そこにリンパ管になれっていう指令が入り、リンパ管が独立して分化していく、というものです。この発生段階を4段階に分けて説明しています。段階といっても、研究されているマウス(小さなネズミ)での実験では非常に短い期間に起こっており、だいたい受精卵から9-12日目の出来事とされています。マウスは20日くらいで赤ちゃんとなって生まれてきますので、人が10ヶ月で生まれてくることにそのまま当てはめてみると、だいたい1.5ヶ月くらいの出来事と言えるでしょうか。長いのか、短いのかわからなくなってきました。
発生段階ではリンパ管はもとになる静脈から発生するのですが、成人でのリンパ管新生ではリンパ管からしか起こらないとされ、詳細はわかっていません。今後の発展が期待されます。
現在ではリンパ管の成熟に関する研究は、特にリンパ管だけに特徴的(特異的)なProx1の機能が弱くなった(ノックアウトした)マウスやら、ゼブラフィッシュ(ドクターフィッシュのような少し透明な小さい魚)やら、様々な動物を使って研究されています。
ちなみに抗体、なかでもPodoplanin (D2-40とも呼ばれます)は、患者さんの検査として実際に使われており、癌の性質を調べる時などにしばしば使われています。
このように実際の患者さんに応用できる発見がどんどんあるといいですね。
ではまた!
(加藤基)
参考文献
Lymphatic Vasculature Development. Guillermo Oliver. Nature immunology review 4: 35-45, 2004.
循環系の基礎と臨床 (5)リンパ管発生 江崎太一 東京女子医大誌 87(5): 135-145, 2017