手術室の扉が開くと、両手を胸の前にあげた教授が立っていた。気合の入った眼を見て、スタッフはゴクリと唾を飲み込む。誰もが今日は一味違う手術になると覚悟した。
無影灯が煌々と光る。「さあ手術を始めよう」・・・
医療ドラマでありそうなシーンの一幕ですが、ここで登場する無影灯(むえいとう)。読んで字のごとく、影を作らないあかりです。手術から連想されるものランキングをとると、5位以内に入ること間違いなしと思います。さて、この無影灯、今のようなものになるまでどのような変遷を遂げてきたのでしょうか。
まずは術野を照らす光源について歴史を辿ります。
1850年代、外科医は天井の四隅に鏡を設置し、太陽光を反射させて手術を行なっていました。時間帯や天候に左右され、状況は非常に苦しかった。ロウソクを光源としていた時代もあったようです。1875年に実用的な白熱電球が発明され、1900年代になるとさらに安定性の高いタングステン製フィラメントが登場し、手術室も一変します。1960年代に入り、ハロゲンガスを用いたランプが登場すると、現在の無影灯に遜色ない明るさが得られるようになりました。体育館に使われている水銀灯やさらに明るいものも開発されてきましたが、あまりに明るすぎても外科医の目は疲れるもの。2010年以降、今ではLEDを使うのが一般的になりました。
光はまっすぐ進みますので、影を作らないための工夫も無影灯の歴史を知る上ではとても大切です。もともとは単灯式と呼ばれ、中央に光があってそれを半球状の反射板になる覆いで反射させることで、明るくしたいところへ様々な角度で光が当たるようにしました。これが光源である電球も明るくなってきた1950年代頃より、位置が違う複数の電球を使って照らす、多灯式が開発され、今では主流になっています。
暗いところで手術をすると、外科医は疲れます。実際に手術室の照明が500 lx(ルクス)前後では目が疲れやすく、一般的に1,000 lx前後に設定されています。無影灯を使うと術野(手術をしている部位)は10,000~100,000 lxまで明るくなります。ルクスってなんじゃいという感じですが、ざっくりいうと明るいオフィスが500 lx、パチンコ店内が1,000 lx、よく晴れた時の太陽光 100,000 lxと言ったところです。街灯の下は100 lxくらいなので、それよりは随分明るいことがわかるかと思います。逆に検査室などは少し暗めでも大丈夫ということで大体300 lxくらいが一般的です。
無影灯一つとってみても、時代の変遷とともに様々な進化を遂げています。そういえば好きだったドラマ「白い巨塔」は、1967〜2019年の50年あまりの間にほぼ10年ごと、日本だけで合計5回もリバイバルされています。無影灯も手術室もどんどん新しいものに変わっていったこと、見ていて気付きました。これから医療ドラマをご覧になる際には、小道具?にも目を向けていただくと面白い発見があるかもしれません。
ではまた!
(加藤基)
参考資料
INSPITAL HP
https://www.inspital.com/en/news/the-history-of-surgical-lamps
印西市立印旛医科機器歴史資料館HP
電気メス wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E5%BD%B1%E7%81%AF
Syngroa HP
鈴木敏弘 手術室の照明環境について 医機学 2015; 85(6):23-26