寒波到来。何度も耳にしていますが、今年の冬も寒いですね。みなさまいかがお過ごしでしょうか。
リンパの流れを治療する方法として、当院でも施行しているリンパ管静脈吻合術ですが、顕微鏡で拡大して見ているものの、私たち外科医の手で直接 リンパ管と静脈とを縫い合わせます。だいたい0.5-1.0mm前後の管同士を縫うのですが、もちろんその縫合には針糸を用います。一口に針糸といっても、刺繍などで使うものよりもずーっと細いもので、髪の毛なんかよりも細いです。
リンパ管の手術に限らず、外科医にとって必須のアイテム、縫合糸。今日はその歴史とロマンについて紹介したいと思います。
縫合糸の歴史は、外科手術の歴史に通じます。
紀元前2750年、エジプトで歴史上初めて外科手術が行われたとされています。その際、縫合をして傷閉鎖を行った記録が残っているようです。実に4800年近く前のこと。かの有名なクフ王のピラミッドが紀元前2500年頃ということですので、それよりも前の時代ということになります。エジプト恐るべし。
その後さまざまなものを用いて縫合が行われていた記録が残っています。インドで蟻を用いたもの、植物の樹皮から取った繊維、馬毛、動物の腱などなど。なんでも利用する、ホモ・サピエンスのたくましさを感じます。それにしても、蟻って!映画「アポカリプト」で見たことはありましたが、傷をまたぐように蟻の顎で皮膚を噛ませた状態にして、体を外す。サバイバル術というか、なんだかすごいですね。インド恐るべし。
そして紀元175年になってようやく、吸収糸についての記録が残っています。Catgutと呼ばれていますが、羊やヤギの朝から作る天然素材の糸です。以前、【Drもとい連載コラム】10. ナイチンゲールとジョゼフ・リスター の項目で紹介したジョゼフ・リスターが、1868年にcatgutの処理法を開発し耐久性を持たせたことで、世界中に普及したようです。イギリス恐るべし。
その後合成素材が開発され、今では吸収糸では合成糸、非吸収糸では絹糸、ナイロンが主流となっています。傷を縫うのに吸収糸を用いますが、リンパ管や血管などの細い管を縫うには非吸収性のナイロン糸を用います。組織への反応がとても少なく、縫った管や体の中に残った時の影響が小さいことがその理由です。
さてこのナイロン糸ですが、1974年に日本で初めて発売されて以降、どんどん細いものが開発されてきました。例えば怪我をしてしまって足の皮膚を病院で縫合される場合、だいたい使用されるのが3-0や4-0などといった大きさの針糸です。数字が一つ大きくなるごとにどんどん細くなり、リンパ管静脈吻合術では最も小さいとされる12-0が多いです。JIS規格によると、12-0の糸は直径0.01mm以下、引っ張り強さ0.01N(ニュートン)と規定されていますので、おおよそコンビニの小さいレジ袋の厚さくらいの太さで、1gの重さにようやく耐えられるくらい。まさに吹けば飛ぶような小ささです。これは日本が世界に先駆けて開発してきた製品です。日本恐るべし!!
最近は、細かい操作が可能なロボットを使って縫合するなどの方法も開発されていますが、手術する人の指先に感覚が伝わらないことが課題。1g以下の強さで糸を結んだりするのですが、この感覚を頼りに繊細な手術を行なっています。うーん、人の感覚ってすごいんですね。匠の技で鉄の加工 誤差わずか○分の1ミリなど聞きますが、まさに職人芸。私もたゆまずセンスに磨きをかけていきたいと思います。
ではまた!
(加藤基)
参考資料
日本規格協会グループ
https://www.jsa.or.jp/whats_jis/whats_jis_index/
日本医療用縫合糸協会
非吸収性縫合糸基準 厚生労働省告示第478号:平成27年12月24日
日本医療機器産業連合会 私たちの暮らしと医療機器 第17回
https://www.jfmda.gr.jp/kikaku/17/index.html